逃げ出したっていいじゃない
に公開して、2023/07/10に加筆修正したColumnの記事
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23年間、共に過ごした猫のトトラさん(♂)が旅立ってしまった。
俺が44歳。文字通り、半生をともに過ごすことになったくらいの長寿猫。なんでも、18歳以上の猫は動物愛護協会から表彰もされるとかなんとかいう話は聞いていたのだけれど。
猫に表彰状は特にアレだろうし、飼い主たちもそういったものには無頓着なので特に申請もしていなかった。
……貰っておけばよかったかな。いや、やっぱいらねぇか。


人で言えば108歳。
大往生の老衰。
18歳を過ぎた辺りから覚悟はしていた。
最後の数日は下半身が動かなくなる、首を起こせなくなる、呼吸が限界で目も閉じられないと、半日単位で弱ってしまった。
最後の夜に家族全員が揃って見守ることができたのが良かったと言えば良かった。

トトラさんとの出会いは大阪の黒門市場。
当時はシイノキはフリーター、現在の妻みさ子は大学生。地元から飛び出すきっかけを探していたシイノキと大学に通うみさ子が同棲を始めてすぐあたりだった。
「自分たちの家」を借りて舞い上がっていたガキ2人が、千日前のパチンコ屋で20万円程の勝ち金を得た帰り道だった。
ペットを衝動的に迎えてしまった罪悪感を胸に帰路についたのをよく覚えてる。
深夜まで営業していたペットショップ。
自力で生活することもできていないくせにパチンコで遊ぶガキ2人。
「時代だったな」で片付けたい。
猫種はアビシニアン。
原産はエチオピアだとかエジプトだとか言われていて。
妻みさ子が語学を学んでいたので、エジプト文化が好きだったシイノキが「言葉を使って世界を創造した」とされる【トト神】から名前を拝借して名付けた。

片手に収まるほど小さかったトトラさん。
ペットショップのポップに書いてあった通り、鈴の音のような甲高い小さな鳴き声。
性格は甘ったれで癇癪持ち。
夫婦が現在もともにいるのは彼の功績が大きい。
何度か頭をよぎった別れを阻止したのは間違いなくトトラだった。



トトラさんが家族に加わった頃、シイノキの年収は130万。
AppleはまだiPhoneを世の中に出していなかった。
テレビやモニターはブラウン管が主流で、19インチの液晶テレビが40万円以上もした。
いまは賑わっているTXは未開通。
地元にはららぽーともコストコもIKEAもなかった。



シイノキはカメラも始めていなかった。
もちろん子どももいなかった。
なにせシイノキが子どもだった。



遅い就職先の初任給で買った一眼レフの試し撮りもトトラさん。
会社から借りた日本未発売のiPhoneで撮影した最初の写真もトトラさん。
生まれてきた長女をいぶかしげに見守っていたトトラさん。
娘たちの過剰な可愛がりを少し迷惑そうに受け入れていたトトラさん。
50歳が見えてきて、人生の終わりを意識しはじめたシイノキの節目には必ず彼のシルエットがあったと思う。
祖父母、親戚、友人、ペット。
現世を去ってしまったのはトトラさんだけではないのだけれど。
主義として
「自分の人生は自分のもの、出来る限りの最優先は自分(子どもらは除く)」
というのがあって。
なので、周りの人たちから見ればシイノキの存在価値は必ずしも高くないだろうという確信がある。
もっと良い夫であれるはず
もっと良い兄であれるはず
もっと良い息子であれるはず
もっと良い孫であれたはず
もっと良い友人であれたはず
もっと良い飼い主であれたはず
でも、おそらくそうではなかった
これはひとえに、シイノキの選択の結果と能力不足
だから、いつもついつい謝罪の言葉が最初に浮かんでしまう
「ありがとう」
だなんてのはおこがましい気すらする。
「俺だって、別にてめぇのために生きたわけじゃねぇや」
ってフイッとされそうだ。
「じゃあ、やっぱり。ごめんなだな。」
と声をかけるし、できれば
「まぁいいよ。そんなもんだろう。」
と言ってもらいたいなぁ。。



トトラさんのいた半生はとても温かかった
トトラさんがいてくれたことで、自分の身の程も痛感できてきた
お前にしてやれなかったことを、子どもたちや身の回りの誰かにしていくことで、いつか
「やればできるんじゃん」
って言ってもらえたらありがてぇ。
あーでも、
「ぜんぜん駄目だね。もっと出来たはずでしょ。」
って憎まれ口叩かれて笑うのでも、まぁいいかな。
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